自立型歩く配達ロボットができたら

今話題の宅配会社の配送員の激務は解消されるというか、仕事そのものがなくなってしまうと思う。町中に、自立型配送ロボットが歩きまわっている姿をイメージした。夜も昼もなく一日中、配送ロボットが徘徊しているのである。ロボットだから、挨拶もないかと思ったが、そこはAI技術で、よりヒューマンチックにできるでしょうね。夜中に道でいきなり配送ロボットとすれ違う、配送するトラックも自動運転でしょうから、これも当然、夜も昼も関係なく、道を走り回っているでしょうな。24時間365日。そのとき、我々の仕事はどう変わっているのでしょうか。生活も変わっているのだろうな。激務から解放されているだろうか。ロボットを管理する仕事が激務になっているのだろうか。でもロボットを管理する仕事もロボットに任せればいい。となると、ロボットができない仕事を人がするようになるでしょうか、しかしロボットはたいてい、たぶん人よりも仕事ができるだろうからな(一部の才能のある人を除く)。ロボットとそれを上回ることができる人たちが社会を回し、多くの人は子孫を作るのが仕事になるんでしょうか。

神経質な視点(小便器について)

小便器に接近しすぎて、ベルトが小便器に当たって、カチカチ音を鳴らしている人を見ることがある。汚いと思わないのだろうか。私は、あまり小便器に接近しすぎないよう注意している。かと言って、最後のしずくは、小便器内に収めるべきポジションになるよう意識している。

隣人の小便の跳ね返りがこっちまで来るくらいの勢いで豪快な小便をする人がいるかもしれない、あるいは、小便器同士の間隔が狭いときも、隣人の小便の跳ね返りが来ないかどうか、気にしてしまう。

小便をする前に、必ずつばきを小便器に吐いてから、小便をする人も見る。

本気で衛生的に小便をするには、オナホールみたいな穴に息子をつっこんで、最後のしずくもきれいに吸い取ってくれるような、そんな小便器(?)が未来の小便器になるかもしれない。

神経質な視点(網棚にカバンを置くこと)

会社へ行くのに電車に乗っていて、周囲の人を観察しているが、カバンの置き方は人によって違う。

床にじかに置いてしまう人。特に重そうなものが入っていないようでも床にじかに置いている人。

重いものを運んでいるときは、私もどうしても床にカバンを置いてしまう。

しかしいつも思うが、床に置いたカバンを網棚に置くと、網棚の隙間から、かばんについているであろう泥やゴミなどが座っている人の頭上に落ちるのではないか、やはりすこしカバンの底は手で泥やゴミなどを払ってから、網棚に乗せるべきではないか、それよりも網棚ではなく、隙間のない棚(そうなっている車両もある)にするべきではないか、等々と思われる。

 

相撲の太鼓の音(リズム)とやかんでお湯を沸かし始めたときの音はちょっと似ている

表題の通りです。分かりますかね。

トントン、トントン・・・

ちょっと似ている。

腕組みするポーズを取る人には注意しよう

偉そうな腕組みするポーズは、相手に、何か威圧感を与えると思う。

料理人が腕組みをしているポーズをしているのを見ることがあるが、

食べてみて、もしまずくても「うまいです!」と言わないといけない気にもなるが

そんなにうまくなければ、全部食べる必要はない。

料理人だけでなく、何かの成功者や著名人、

まあ誰でもこのポーズ使うことあるけど、偉そうな腕組みのポーズをするのは、

私にとっては、威圧感を感じることが多いですので、これは会話になりにくいか、

または、騙されないよう、よくよく気を付けたいと思う今日この頃ですた。