タイ旅行(201811)の準備2

旅に行こうと思ったとき、どこにどうやって行って、そこで何をやりたいかによって、持っていくものが変わってくる。今回は、以前から乗ってみたかったタイ国鉄の寝台車に乗り、以前から行ってみたかったトランとカンタンに行ってこようと思った。

 

<主な移動手段(すべて自宅からネットで予約した)>

◆高速バス

  東京駅 4:30発 ⇒ 成田空港 5:35着

 

◆飛行機

  成田空港第2ターミナル 9:35発 ⇒ ドンムアン空港 14:55着

  ドンムアン空港 0:30発 ⇒  成田空港第2ターミナル 8:15着

 

◆タイ国鉄

  フワランポーン駅 17:05発 ⇒ トラン駅 8:05着

  トラン駅 13:29発 ⇒ フワランポーン駅 5:35着

 

<上記予約した順番>

何はともあれ、まずは行きと帰りの飛行機の予約をした。9月に予約した。

そして、飛行機に乗る行きの日から帰りの日までの期間は、会社も休むことになるので、会社へ同時に休暇届けを出した。(2か月前なら、もし文句を言われたとしても、2か月前に申請していますが…と一応言い訳的なことも言える)

二番目に、バンコクに到着した初日に泊まるホテルを予約した。

フワランポーン駅近くの「ザ クルンカセーム シークルン ホテル」をエクスペディアで予約した。フリーwifiと朝食付きで税込み3324円であった。このホテルは、以前から知っていたが、今回初めて宿泊する。ホテルの部屋から、フワランポーン駅が見えるそうだ。

三番目に、タイ国鉄を予約した。今は、ネットからタイ国鉄も予約できるのである。

(だいぶ以前にもネットで予約ができる時期があったはずだが、予約画面が、https://~にならなかったので、予約するのは避けた記憶がある)

しかしタイ国鉄は10月に予約をした。トランに行くには行きたいのだが、バンコクでも何かしようかどこに行こうかとか、と迷っており、〇〇日はどこへ行き、どこで泊まるかを決められず、航空券を購入後は、何もせず放置しており、10月になってしまった。10月のある平日、会社から早く帰ってこれた日に、やっとネットに向かい、いろいろ徘徊し、19:40頃に行きのトラン行きを予約し、さらにネット徘徊して迷いつつ、帰りのフワランポーン行きは、翌深夜の1:38頃に予約をした。2等寝台を希望していたが、1か月前では、すでに空きが2個くらいしかなかった。危なかった。少し値段が高くなるが、行きも帰りも下段を予約した。上段は窓がなく、できれば下段が良さそうだとネット情報で読んでいたからだ。寝台車のネット予約は、シーズン外でも1か月前はギリギリ予約できた印象なので、シーズン中の1か月前では予約はできなかったかもしれない。

四番目に、トランでのホテルを予約した。これも迷いにまよった。安宿のコーテンホテルか、民宿的でちょっとオシャレな宿か、ビジネスホテルのようなのが良いのか。結局、保守的に、建物の作りがしっかりしているビジネスホテル的な駅近くのツムリンホテルを予約した。バンコクからの寝台車のトラン駅到着予定時刻が、8:05であり(実際には遅れた)、ツムリンホテルは、特にアーリーチェックインを指定しなくても、8:00からチェックイン開始となっていたことも決めてのひとつであった。アゴダで予約したが、2泊で、4402円であった。バンコクにある同規模のホテルに比べれば安かった。

 本当に5番目に予約したが明確でないが、ちょうど搭乗日の1か月前にならないと、京成バス(東京シャトル)の予約ができなかったはずで、出発日のほぼ1か月前に、東京駅前から成田空港行きを予約した。値段は900円だ。東京駅は4時半発のを予約した。前日、終電で東京駅に行き、八重洲口方面には、漫画喫茶のような店があったはずなので、そこに泊まり、4時半のバスに乗ることにした。もし八重洲口周辺の漫画喫茶が満室でも、神田駅方面に歩いていけば、そういう店は見つかるだろうとも思った。しかし当日知ったことだが、成田空港第3ターミナルは24時間営業をしており、無料で居ることができるスペースがあるのだ。東京駅に終電で到着した場合、東京シャトルの時刻表を今見てみたが、1時半発のに乗ることができたはずだ。次回の教訓にする。

最後まで迷ったのが、最終日の帰国便に乗るまでの間の時間をどこですごすか、ということであった。最終日、トランからの夜行列車で早朝のバンコクに到着する。その後、どこかで休みたいと思った。一旦、ドンムアン空港近くのドミトリーも営業している簡易宿を予約した。時間の融通がかなり効くよう書かれていたからだ。しかし狭くて少々高い気がした。それに早朝フワランポーン駅に到着して、また列車に乗りドンムアン駅まで行かなければならないのも面倒な気がした。ドンムアン周辺は、歩き回ったことはないが、空港くらいしか見るものがないのではないか(たぶんそんなことはないだろうが)、とか、バンコク都心に行くにもバスか車に乗る必要があるし、列車はタイ国鉄のみになるしで、移動に不便である。それよりもフワランポーン駅近くの宿にそのまま入って、しばらく寝て、フワランポーン駅周辺(ヤワラー含む)を散策するほうが面白いのではないかと思った。まだキャンセル料がかからないうちに、ドンムアン近くの簡易宿はキャンセルした。そして、結局最終日は何も予約しないままにしておいたのである。行き当たりばったりで探してみようと思った。が、結局、当日は宿探しも面倒になってしまって、初日と同じ、ザ クルンカセーム シークルン ホテル行ってみたら、すぐに予約なしで泊まることができたのであった。予約なしだったからか、シャワールームが誰かが使った後の感じだったが。次回は、最終日のホテルの予約もしておこうと思う。サラリーマンバックパッカーは、日本に帰らないといけない最終日は特にホテル予約はしておいた方が良いのではないか・・・最終日は、無理せず休みたいし、余計な労力を使ったり、気苦労はしない方が良い気がする。

 

旅に持っていくモノの話を書こうかとも思っていたのだが、結局は、ネット予約に関する話になってしまった。次回、持っていったモノについて、いろいろ書いてみようと思う。

タイ旅行(201811)の準備1

去年の11月に、久々にタイへ行ってきた。前回行ったのが2013年の8月だから、5年3か月ぶりだ。なぜ5年も行かなかったというと、仕事の内容が変わり、いつ仕事がくるかわからない職場に配属され、あまり大ぴらにタイへ行きますと言って長期休みをもらうと、せっかく覚えた仕事から外されるのではないかとか、何か協力を得られなくなり、追い詰められるのではないかなどという懸念があった(今思うに、ブラック現場の悪循環な動きへの影響を逆に強めてしまっているが、当時はそう思う気持ちが強かったので、そうしたのである)。それからいろいろとあり、世の中的にも、最近は働き方改革という言葉が流行ってきた影響もあり、久々にタイへ行こうかと思ったのである。これまで長期で休むこともできてはいたのだが、それは日本にいて休めていたということであり、タイと言えど海外に行くと、その間不在になるので、万一仕事が連続して入って来て欠員などが出た場合、私はチームへの協力はできなくなる。でまた、最初の懸念も出てくるのではあったが、仕事以外の家や自分の状況も考慮してみると、やはり今タイへ行くにはタイミングが良いのではないかと思われた。なぜ11月かといえば、タイへ行こうと決めたのは9月であり、そのときにネットで調べた飛行機代が安い時期が直近では11月だったからだ。月末週には、締めの事務作業があるため、月末週の予約は避けた。しかし今思うに、事務作業と言ってもネットとメールで行えることであり、特に避けなくても良かったかと思う。

予約した便は、行きは、スクートのTR869便、帰りも同じくスクートのTR868便だ。

機材は、ボーイングの787-8である。787は初めて乗る。スクートも初めて乗る航空会社だ。どんな感じなのか半分楽しみで半分不安であった。

航空券代は、往復で、34084円だった(クレジットカードの請求額)。さすがにLCCなので安い。しかし、ネットで調べてみると、値段相応と思わされるネガティブな情報も見つけてしまい、少々不安にもなった。

一番後ろの窓側のシートを予約した(行き帰りともに41A)。通常のシートより、脚のスペースが広いためだと思うが、このシートを予約すると数千円だったが、料金が高くなる。バンコクまでは長いので、数千円なら、より快適なシートを選択したかった。

まず航空券を取れれば、次は宿の予約になる。そして、持ち物の準備もしなければならない。今回はLCCなので、スーツケースではなく、荷物は少なくして、バックパックで機内持ち込みにしたい。これからの準備もあれこれ決めていくのは、楽しかったのではあるが、それを文章にして書くのは時間も手間もかかるので、次回に書こう。

車のディーゼルエンジン(ターボ付き)

30年以上前の乗用車のディーゼルエンジン(ターボ付き)とガソリンエンジン(ターボは無し)を比べたとき、以下のようなメリット、デメリットが印象としてあった。

 

ディーゼルエンジン(ターボ付き)が左、ガソリンエンジン(ターボ無し)が右になる。

馬力 △ 〇

トルク 〇 △

燃費 〇 △

価格 △ 〇

エンジンの振動や音 △ 〇

 

今では、以下のように変わった(燃費と価格は変わっていないが)印象だ。

馬力 〇 〇

トルク ◎ 〇

燃費 〇 △

価格 △ 〇

エンジンの振動や音 〇 〇

 

今では、ディーゼル(ターボ付き)とガソリン(ターボ無し)の差がそれほどなくなってきている感じがする。長期使った場合のトータルでのコストは、ディーゼルが安そうだが。しかし細かく比較検討してみないとわからないし、将来、法律や燃料代や税金や何かが変わってしまって逆にトータルコストが高くなるかもしれない。

しかし技術の進歩(当時はできなかった、または、できてもコストがかかりすぎていたことが、今はそれほどコストがかからずにできるようになったこと)に改めて驚かされた。

VWの排ガス不正の事件は、大変に残念だったが、それがあっても当時のディーゼルエンジンに比べて確実に進歩してきたことは事実なのであるなぁ。

ディーゼル縮小の動きがあるが、もったいない気もする。

商用車、バス、鉄道、船舶、工業用機械でのディーゼルエンジンの縮小もあるのだろうか。石油がなくなれば、ガソリンもディーゼルもなくなってしまうのだが、明確に石油が無くなりますという状況になるまでは、両方とも技術開発は続きそうですなぁ。

それにそういう技術は、何か別の技術へ応用できるかもしれないので、無駄ではないはず…

Art of Noiseの『Robinson Cursoe』を知った経緯など

私が初めてArt of Noiseの『Robinson Cursoe』を聞いたのは、宜保愛子さんの特番のエンディングで流れていたのが最初である。当時小学生か中学生だったと思うが、良い曲だなと思ったが、誰の何という曲かは分からなかった。(その点、今は、インターネットで適当に検索すれば、だいたい曲名が分かる。良い時代になった)

『みなさんのおかげです』で宜保さんの特番のパロディをやっていたが、同じくこの曲が使われているのを見て、よくマネしたなぁと思った。

それから松田聖子さんと小泉今日子さんの富士フイルムの化粧品のCMでも同じ曲が使われているのをテレビで見て「あ、宜保さんの番組と同じ曲だ」と気づいた。

で、インターネットで『Robinson Cursoe』を調べてみれば、城達也氏の「ジェットストリーム」というFM番組のエンディングでも使われていたとのことだ。(私は、この番組は聴いたことはない)

さらに、Mr.マリックの特番で流れていた所謂マリックのテーマ曲が、Art of Noiseの『Legs』という曲であるのも、当時テレビで聞いてから、何十年も経って、インターネットで曲名を知ったという、要は、インターネッツって便利で、知りたいことがすぐに分かってしまう、私が子供の頃には考えられなかったサービスが世の中に出てきたんだよなぁとも言いたかったんす。以上!

具体的なやり方は自分で探して、試してみるしかない

世間で売っている本で、「〇〇のやり方」とか「〇〇になる方法」とか、個人的に是非とも体得したい「自分を変える方法」とか、読むだけでは、ほとんど効果がないと思われる。

頭では分る(理屈は分かる)が、感覚として納得できない(感情は無理している)、または、理性で抑えられないので、どうしようもない。

酒を飲むと、速攻で自分の気分を変えることができる。が、これは危険な方法だ。薬物に頼る方法である。方法としては、覚せい剤に頼るという方法と何ら変わりはない。

歳を取ると、若いときと比べて、怒りの沸点が高くなってきている、または怒りの内容が変わってきているのは実感としてはある。しかし完全に怒りやイライラがなくなることはない。

時間をかけて休めば、そのような怒りやイライラは解決に向かうが、仕事は基本土日以外、毎日ある。

「自分の好きなことをして、気持ちを変える」方法くらいしか思いつかないが、イライラしているときや、残業で時間がないときに、自分の好きなことができるのだろうか。

自分の好きなことは食べることもあるが、そのようなときは過食になる。

運動が良いと言われるが、運動は嫌いである。

レーシングカートを運転するのは、かなりのイライラ解決法に思えるが、毎日できるわけがなく、そもそもレーシングカートをもっていない。持ったとしても維持が大変だ。

金もかかる。

金もかけずに、となると、お寺や神社や森に行く、という方法くらいしか思いつかない。実はこれらの方法は、名越康文氏と養老孟司氏の対談本に書いてあったはずなので、私が思いついたわけではないが。

そして、私の生活圏内で、お寺や神社、森とは具体的にどこなのか。

そこへ行くだけで良いのか。今は寒いので、業務後にそのようなところは行っても・・・という面倒な気持ちがわく。それに残業で遅くなった後に、真っ暗なお寺や神社、森には積極的に行こうと思わず(挙動不審で職質に合いそうだし。変質者に会うかもしれないし)、自分でくるくるするばかりである。

「お酒は適量に(ほどほどに)」は、無理があるから、逆に危険な標語だ。気を付けろ!

中島らも氏は、とてもアルコールに強い体だったそうだ。アルコールに対するストッパーがほとんどないから、いくらでも吞めてしまうとのことだった。

アルコールが怖いのは、脳に作用したとき、自制が効きにくくなる(というより、ほぼできなくなると考えた方が良い。「酔っている状態で自制できている」という状態は、酔っている状態が前提で自制している(酔った状態での自制と、シラフのときの自制は、違いがあるはず)状態だから、ちょっと嘘や無理があるぞ・・・)からだ。体の中のアルコールの濃度が高くなるほど、自制も緩くなり、ある時点までは吞めてしまう。そのある時点は人によって違う。私の場合は、寝てしまうということで、それ以上、体にアルコールが入ってこなくなる(ストッパーが働くようだ)わけだが、しかし同時に、通常では寝る場所でないところで寝てしまうから(公道やベンチや階段など)、別の危険(事故や事件に巻き込まれる)が出てくる。

「お酒は適量に」という言葉を見たり聞いたりしたときは、私のような人は、本当に騙されない(洗脳されない)よう注意した方が良い。何が適量だ!分かりもしねぇで!とも思う今日この頃でした。

アルコールは薬物である

アルコールは薬物と認識しないとダメだと思う。あるところを過ぎると意識や記憶がなくなる。20代の頃、急性アルコール中毒で救急車で運ばれたことがある。目が覚めると病院にいた。30代、40代でも、飲みすぎて、目が覚めると、とんでもないところで(公道で)寝ていたりしていた。そんなことを何度もやらかし、そのときは非常に後悔をするのだが、しばらくすると忘れ、すぐに晩酌を初め、休みで時間ができたり、飲み会があると、また深酒をし、同じことを繰り返してしまうのであった。

インターネットで調べてみると、こういう症状は、アルコール中毒ではないが、アルコール依存症であることが分かった。これはもっと注目されてもよいと思う。断酒をするしか解決法はないとのことだ。今も断酒を続けている。人生がつまらなくなったとは思わないが、薬物のアルコールが感じさせる酔いがないことがさみしい気もするが、その酔いはあくまでも薬物であるアルコールが脳に作用して感じさせている似非の幸福感や高揚感である。

記憶がなくなるほど飲んで、翌日起きたときのあの不安感は、その代償であろう。アルコールは薬物だ。これはもっと明確に意識しておかなければ、危険だ。