メンテナンス商売はなくならないだろう

床屋でもう終わりという直前に、少しだけハサミを首の後ろのところなんかにチョコチョコと入れるときがある。細かい調整というか、神経質で完璧主義な感じがする。これは、私は嫌いではない。

この間、新しいメガネを買った。取りに行くと、新しいメガネをかけてから、やはり最後の細かい調整を(顔にフィットするように)してくれた。これも神経質で完璧主義な感じがする。これも私は嫌いではない。むしろ好ましく思う。

洗車をしに洗車センターに行ったりしたときや、日曜日に自宅で車をぴかぴかに磨いている人を見る。よく車のボディを見ると、細かい傷は結構ある。気になるといえば気になる。自分で修正できるキットがカー用品店で売っている。神経質で完璧主義な人のニーズを満たす商売と言えないか。(私はこのようなキットは買ってまで、修正しようとは思わないが)

歯医者に行く。かぶせものをした後、カチカチ噛んで、フィットするように、微調整してくれる。いくら微調整しても変な感じがするのと、そう何度も微調整してもらうのが気が引けて、「もういいや」となり、そのままでOKにすることが多い。変な感じは、そのうち慣れてしまうのか気にならなくなる。

以上のことは、細かい調整をした後、時間がたてば、自然に対応が必要になる(具合が悪くなる)ものだ。髪が伸びる、メガネが合わない、車がみすぼらしくなった、歯がおかしくなった・・・そうなってから、やっと腰を上げる。時間がたてば、自然に対応が必要になること(もの)は商売になる。当たり前のことを書いただけである。メンテナンスが必要になること(もの)は、商売になる。メンテナンス商売は、絶対になくならないはず。微調整は人間がやる方が良いのか、ロボットがやる方が良いのか、これはお客さんが選べばいいか。

今、株を買って良いのか?

● 7のつく年に、暴落するアノマリーがあること。

●今年は、主要国で政治イベントが多数あること。

これが気になり、思い切って株(投信)を買えない。

 

株は好調に見えるが、今買うと、高掴みしそうだ。

ヨーロッパの選挙で、EUがどうなるのか、株価が下落するときがある気がする。

そのときまで買いは控えたい。

自立型歩く配達ロボットができたら

今話題の宅配会社の配送員の激務は解消されるというか、仕事そのものがなくなってしまうと思う。町中に、自立型配送ロボットが歩きまわっている姿をイメージした。夜も昼もなく一日中、配送ロボットが徘徊しているのである。ロボットだから、挨拶もないかと思ったが、そこはAI技術で、よりヒューマンチックにできるでしょうね。夜中に道でいきなり配送ロボットとすれ違う、配送するトラックも自動運転でしょうから、これも当然、夜も昼も関係なく、道を走り回っているでしょうな。24時間365日。そのとき、我々の仕事はどう変わっているのでしょうか。生活も変わっているのだろうな。激務から解放されているだろうか。ロボットを管理する仕事が激務になっているのだろうか。でもロボットを管理する仕事もロボットに任せればいい。となると、ロボットができない仕事を人がするようになるでしょうか、しかしロボットはたいてい、たぶん人よりも仕事ができるだろうからな(一部の才能のある人を除く)。ロボットとそれを上回ることができる人たちが社会を回し、多くの人は子孫を作るのが仕事になるんでしょうか。

ニュルブルクリンクのようなサーキットを日本でも作れないか

と思いました。

たぶん法律がネックになりそうに思われる。

規制緩和というよりも、法改正になるのかな)

 

天ぷらを揚げる音と拍手の音、立ったまま大便器の水が溜まったところへ小便を排出している時の音は似ている

表題の通り。

 

神経質な視点(小便器について)

小便器に接近しすぎて、ベルトが小便器に当たって、カチカチ音を鳴らしている人を見ることがある。汚いと思わないのだろうか。私は、あまり小便器に接近しすぎないよう注意している。かと言って、最後のしずくは、小便器内に収めるべきポジションになるよう意識している。

隣人の小便の跳ね返りがこっちまで来るくらいの勢いで豪快な小便をする人がいるかもしれない、あるいは、小便器同士の間隔が狭いときも、隣人の小便の跳ね返りが来ないかどうか、気にしてしまう。

小便をする前に、必ずつばきを小便器に吐いてから、小便をする人も見る。

本気で衛生的に小便をするには、オナホールみたいな穴に息子をつっこんで、最後のしずくもきれいに吸い取ってくれるような、そんな小便器(?)が未来の小便器になるかもしれない。

神経質な視点(網棚にカバンを置くこと)

会社へ行くのに電車に乗っていて、周囲の人を観察しているが、カバンの置き方は人によって違う。

床にじかに置いてしまう人。特に重そうなものが入っていないようでも床にじかに置いている人。

重いものを運んでいるときは、私もどうしても床にカバンを置いてしまう。

しかしいつも思うが、床に置いたカバンを網棚に置くと、網棚の隙間から、かばんについているであろう泥やゴミなどが座っている人の頭上に落ちるのではないか、やはりすこしカバンの底は手で泥やゴミなどを払ってから、網棚に乗せるべきではないか、それよりも網棚ではなく、隙間のない棚(そうなっている車両もある)にするべきではないか、等々と思われる。